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2010年05月31日

三浦一族の興亡をしのぶ「道寸祭り」で妙技に歓声

道寸祭り
 三浦半島一帯を拠点とした中世の武家、三浦一族の興亡をしのぶ「道寸祭り」が30日、三浦市三崎町小網代の荒井浜海岸で開かれた。馬上から的を射抜く勇壮な笠懸(かさがけ)が披露され、詰め掛けた観衆を魅了した。

 市や市観光協会などでつくる実行委員会の主催。笠懸は平安時代末期から鎌倉、室町時代にかけて流行した流鏑馬(やぶさめ)や犬追物(いぬおうもの)と並ぶ三大古弓馬術の一つで、武術に優れた三浦一族の“お家芸”だったという。

 狩り装束に身を包んだ武田流一門の射手たちが馬にまたがり、波打ち際に設けられた弓なりの馬場約200メートルを疾走。射手の放った矢が的をとらえるたびに「パン」という乾いた音が砂浜に響き、見物人からは歓声と拍手がわき起こった。
posted by ちーず。 at 15:04 | TrackBack(0) | 三浦市

2010年05月30日

京急主力車両「1000形」の引退イベントに県内外からファン

京浜急行電鉄1000形
 赤い車体に白い帯の入った姿で長年親しまれてきた、京浜急行電鉄の通勤型車両「1000形」の引退イベントが30日、横須賀市舟倉の車両工場「京急ファインテック久里浜事業所」で行われた。本年度内での引退が決まっている”京急の顔”を一目見ようと、多くの鉄道ファンが県内外から駆け付けた。

 毎年恒例の工場開放と同時開催。1000形は1959年に登場し、78年まで京急で最多となる356両が製造されたかつての主力車両。老朽化のため、2007年から省エネ型の「新1000形」との入れ替えが進められており、現在は大師線(京急川崎―小島新田)での運行が主流になっている。

 多くの鉄道ファンの熱気に包まれたセレモニーでは「ありがとう1000形」とデザインされたオリジナルヘッドマークを現役最後の1000形1編成に取り付けたほか、運転に長年携わった元運転士らによるトークショーも行われた。

 熱心にシャッターを切っていた、埼玉県加須市の会社員(35)は「小さいころに買った鉄道の本の最初に載っていた車両。もうすぐ見られなくなるのは寂しいです」と感慨深げに話していた。
posted by ちーず。 at 23:40 | TrackBack(0) | 横須賀市

「山駕籠」など運ぶための民具を展示

箱根町立郷土資料館
 箱根町立郷土資料館(同町湯本)で、企画展「『運ぶ』ための民具たち」が開かれている。明治、大正時代に人力で荷物を運ぶために生まれた道具を展示する。7月4日まで。

 箱根では明治時代に車道の整備が始まり、昭和中ごろに交通網が発達した。荷物の運搬を電力に頼る以前、天下の険で活躍した民具約15点が並ぶ。

 竹で編んだ人を乗せる円形の座席の上に網代の屋根を掛けた「山駕籠(かご)」は、昭和10年代まで活躍した。2人一組で棒を通して担ぎ、主に大涌谷への観光客を乗せていた。

 外国人客が訪れるようになった明治中ごろに登場したのが「チェア」だ。人を乗せるいすを2本の棒で支え、4〜6人で担いだ。あぐらをかく習慣のない外国人のために山駕籠が改良されたという。

 午前9時〜午後4時半。高校生以上200円、小中学生100円。問い合わせは、同資料館電話0460(85)7601。
posted by ちーず。 at 23:39 | TrackBack(0) | 箱根町

親子で訪ねる横浜大空襲地域の傷跡や体験者の声まとめHPに

横浜大空襲
 横浜市心部に甚大な被害をもたらした横浜大空襲から29日で65年。体験者の高齢化が進む中、これからは戦後生まれの若い住民が地域の戦災を語り継ごうと、同市保土ケ谷区の会社員西田篤志さん(46)が、空襲の傷跡や体験者の声をホームページ(HP)にまとめた。娘の宿題を機に地元の戦災を調べ始めたという西田さん。HPには「親子で訪ねる横浜大空襲」とタイトルを掲げ、「家族で平和の貴さを考えるきっかけにしてほしい」と話している。

 西田さんが横浜大空襲について詳しく知ったのは7年前。小学6年だった次女の梓さん(19)が、夏休みの課題で地域の歴史を調べていたのがきっかけだ。西田さんが一時暮らしていた同市西区東ケ丘付近は、横浜大空襲で大きな被害を受けていたが、「住んでいたのに何も知らなかった。本当に恥ずかしく思った」と振り返る。

 以来、空襲被害の大きかった京急線黄金町駅周辺を歩き始めた。霞ケ丘丘友会館の観音像、東光寺の身代わり地蔵は、空襲で亡くなった人を慰霊するために建立されたものだ。遺体の仮安置所だった円覚寺には引き取り手のない遺体の慰霊碑もある。地元の高齢者らから体験談も聞いた。空襲に関連する事物を訪ねて、梓さんと歩いたコースは、HPで紹介している。

 普門院にも周辺の被災者を供養する黄金地蔵が残る。割れた石碑も空襲で焼けたもので、「この石碑を見ると、石が割れるほどの熱の中で、多くの人が苦しみながら亡くなったのだと実感する」と西田さん。空襲で父を失った森芳圓住職(68)も「戦争の恐ろしさを風化させないように、若い人にも語り継いでいってもらいたい」と西田さんの取り組みに期待を寄せる。

 HPでは、横浜大空襲の経緯を、祖母と孫の会話のスタイルで紹介したり、顔のイラストを並べて死亡者数を表現したりと、小・中学生にも分かりやすいよう工夫した。「身近なところに今も戦争の傷跡は残っている。子どもと一緒に訪れて、戦争の悲惨さを伝えてほしい」と西田さんは話している。HPのアドレスはhttp://otomodachi.net
posted by ちーず。 at 23:36 | TrackBack(0) | 横浜市

「第1工場ファサード」の行く末は?歴史的建造物に存続の声強く

第1工場ファサード
 本社・横浜工場売却で注目を集めているのが、敷地内の正門入り口にある「第1工場ファサード」の行く末だ。1930年に完成。横浜市が99年度、京浜臨海部では初めての歴史的建造物として認定している。

 第1工場は当時東洋一と呼ばれた蓄音機の製造工場で、経済産業省の近代化産業遺産にもなっている。工場建築としては珍しく記念碑のようなデザインが特徴。ビクターのシンボルとなっている犬(ニッパー)が蓄音機に耳を傾けるおなじみの図柄も彫り込まれている。

 機能本位の建物が並ぶ地域でクラシックな外観は地域の象徴的な存在になっており、存続を求める声が強い。市産業立地調整課は「移転せずに現在の場所にとどまってほしいと思っていたが、残念」。何らかの形で存続できるようビクターに要望しているという。

 JVC・ケンウッドは「市の要望もあるので、売却先とはこれから話し合いたい」としている。
posted by ちーず。 at 23:35 | TrackBack(0) | 横浜市

曽我兄弟の仇討ち伝える「曽我の傘焼まつり」

曽我の傘焼まつり
 曽我兄弟の仇(あだ)討ちを今に伝える「曽我の傘焼(かさやき)まつり」が28日、兄弟の菩提(ぼだい)寺の城前寺(小田原市曽我谷津)で催された。

 鎌倉時代の1193(建久4)年、十郎と五郎の兄弟が父を仇討ちした際、傘を燃やして松明(たいまつ)代わりにした、という故事にちなむ。

 兄弟に扮(ふん)した幼子2人が、幾重にも重ねられた和傘に火を放つと一気に燃え上がり、法要に訪れた歌舞伎役者の市川右近さんや大相撲の高見盛関らが見守った。
posted by ちーず。 at 23:33 | TrackBack(0) | 小田原市

大漁旗の手作り法被旭小6年生が29日の運動会で披露

三浦市立旭小学校
 三浦市立旭小学校(南下浦町上宮田)の6年生17人が、運動会で使う手作りの法被を完成させた。漁師町ならではの大漁旗で5年ぶりに新調した2代目の法被。29日の本番では真新しい衣装をまとい、よさこいソーラン節や組体操を演じる。

 同校では5年前、各家庭から寄贈された大漁旗を使って児童たちが約60着の法被を製作した。しかし、年月がたって色あせてきたことから、自分たちで新しい法被を作ることになったという。

 3月から、家庭科の時間などを活用。校内に残っていた大漁旗を使い、背中に「祝」「漁」などの文字が躍るカラフルで勇壮な法被が出来上がった。

 28日には新しい法被を着て5年生と合同練習に励み最後の確認。練習を終え、鈴木丞さん(12)は「法被作りはバラバラのパーツをつなぎ合わせるのに苦労した。お客さんを感動させるような踊りや体操を披露したい」と張り切っていた。
posted by ちーず。 at 23:31 | TrackBack(0) | 三浦市

川崎大師で薪能能や狂言を楽しむ

川崎大師平間寺
 川崎市川崎区の川崎大師平間寺で27日夜、「第37回川崎大師薪(たきぎ)能(のう)」が開かれ、約550人が能や狂言を楽しんだ。

 市能楽謡曲連合会の主催。境内の特設舞台で行われる予定だったが、あいにくの雨で会場が信徒会館内に変更された。

 能は、平家一門が都落ちし、将来を案じて入水した平清経と妻にまつわる世阿弥の作品「清経」が演じられた。このほか、狂言「仏師」なども披露され、観客は幽玄な雰囲気に酔いしれた。
posted by ちーず。 at 23:30 | TrackBack(0) | 川崎市

2010年05月29日

ベイブリッジくぐれず「QM2」の2011年寄港地は大阪港に横浜港では見納めの可能性

クイーン・メリー2
 世界最大級の豪華客船「クイーン・メリー2」(QM2)が、2011年の日本寄港地を横浜港から大阪港に変更することが27日、分かった。横浜には日本初寄港の09年から2年連続で寄港したが、横浜ベイブリッジをくぐれず貨物船専用岸壁に誘導したため、乗客から不満が出ていたという。

 運航するキュナード・ラインが同日までに横浜市に伝えた。今後の解決策も見当たらず、横浜港では今年2月の寄港が見納めになる可能性が出てきた。

 QM2は日本に寄港する客船では過去最大の15万1400トン。「洋上の宮殿」と称される。世界一周クルーズの日本寄港地として大阪、長崎、神戸港などが積極的に誘致している。

 横浜市は09年の横浜開港150周年の目玉として、日本初寄港の誘致に成功。しかし海面からの高さが62メートルあり、かつての豪華客船「クイーン・エリザベス2」(QE2)を想定して造られたベイブリッジ(橋下約55メートル)を通過できず、大さん橋国際客船ターミナルへの着岸を断念。大黒ふ頭に着岸した。

 臨時の客船施設が設けられたが、乗客がつまずき転倒するトラブルもあったという。キュナード・ライン側は「乗客に不便を掛けており、横浜市に改善を求めてきた」(日本代理店クルーズバケーション)が、解決策が見いだせなかった。

 横浜市港湾局賑(にぎ)わい振興課は「限られた予算の中でベストを尽くした。大さん橋に着岸する客船の誘致に引き続き力を入れたい」と話している。
posted by ちーず。 at 16:06 | TrackBack(0) | 横浜市

幻の「ヒマラヤの青いケシ」ブルーポピー箱根湿生花園で見ごろ

箱根湿生花園
 「ヒマラヤの青いケシ」と呼ばれるブルーポピーが、箱根湿生花園(箱根町仙石原)で見ごろを迎えた。

 ヒマラヤ周辺の寒冷地で約45種が確認されている。1913年に英国の探検家が発見し、「幻の花」として広まった。

 標高3千〜4千メートルの高地に自生するメコノプシス・グランディスとメコノプシス・ベトニキフォリアの2種計約200株が咲く。今月中旬に開花した。

 夏日が続くと枯れる繊細な花だ。初夏の空のように青く澄んだ「幻」は、6月初めまで見られそう。

 午前9時〜午後5時。問い合わせは、同園電話0460(84)7293。
posted by ちーず。 at 16:03 | TrackBack(0) | 箱根町

「戦争の悲惨さ知って」横浜大空襲経験の元校長が体験談語る

横浜大空襲
 65年前の1945年5月29日。横浜市中区で横浜大空襲に見舞われた元横浜市立高校長の石原洋二さん(76)=町田市=が27日、横浜市港北区の市立大綱中学校で体験談を語った。家や塀が焼け、爆撃も続く中、祖母と叔母の手を引いて逃げた壮絶な記憶を初めて公に語ったという石原さん。被災時の自分と同年代の中学1年生約280人に「戦争の悲惨さを知ってほしい」と呼び掛けた。

 石原さんは今も空襲体験を詳細に覚えている。その日は平日で、両親は仕事、3歳上の兄は勤労動員で外出。自宅には祖母と叔母、病気療養のため疎開先から戻った11歳の石原さんの3人がおり、警報とともに庭の防空壕(ごう)に入った。

 聞いたことがないような激しい音が通り過ぎた後、外へ出てみると自宅も近隣の家も燃えていた。火の海の中を逃げるが、戦闘機が追ってくる。逃げ遅れた人が撃たれ、跳ね上がったのも見えたが、ひたすら逃げた。ようやく着いた避難先の三渓園ではやけどを負った人々が泣き叫び、食糧を求めて向かった小学校には焼死体が丸太のように並んでいたという。

 講演会は平和学習の一環で同校が企画、生徒らは石原さんの話に真剣に耳を傾けていた。植松雪乃さん(12)は「住んでいた街がなくなるほどの空襲だったと聞いて、あらためて戦争の恐ろしさが分かった」と話していた。
posted by ちーず。 at 15:59 | TrackBack(0) | 横浜市

記念艦「三笠」で日本海海戦105周年記念式典開催

記念艦三笠
 日露戦争の日本海海戦の105周年を記念した式典が27日、横須賀市稲岡町の記念艦三笠で開かれ、吉田雄人市長や海上自衛隊、在日米軍関係者ら約400人が参加した。

 三笠保存会の主催。1905年(明治38年)5月27日、日本海軍は日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を撃破し勝利したことから、毎年この日に開催している。

 式典では、同保存会の増田信行会長が「小国日本が大国ロシアに勝利できたのは国を守る気概や犠牲をいとわない精神があったから」などとあいさつ。また、横須賀地方総監の松岡貞義海将は「ロシアを破った日本海軍のように、海戦において勝利し祖国を守るという大目的に向かって脈々と流れる海軍精神は不滅」と祝辞の言葉を述べた。
posted by ちーず。 at 15:55 | TrackBack(0) | 横須賀市

2010年05月27日

鎌倉の名刹に「洋の美」画家の加藤さんがお堂に洋画制作

覚園寺
 鎌倉市二階堂の名刹・覚園寺(仲田昌弘住職)の千躰堂に飾る欄間絵を、鎌倉ゆかりの画家・加藤力之輔さん(65)=横浜市神奈川区=が制作した。スペインで腕を磨いた加藤さんの鮮やかな洋画が、古民家を移築したお堂の和のたたずまいに溶け込み、訪れた人を楽しませている。

 制作された絵は、縦38センチ、横160センチのもの3枚と縦38センチ、横90センチのもの8枚の計11枚。釈迦が横たわる姿を描いた涅槃図を中心に、死後の世界で人間の魂の休まる世界観を、鮮やかな色彩で表現した。

 制作のきっかけは、3年前に行われた千躰堂の建て替え。千躰堂には覚園寺所蔵の「黒地蔵尊」の分身として、「千躰地蔵尊」が祭られている。江戸時代から続く地蔵信仰で、千躰地蔵尊を家に持ち帰り願い事がかなうと福分けとして2体にして千躰堂に返すという。年々数が増え、現在652体が奉納されている。

 覚園寺では、元のお堂が手狭になったため、富山県砺波市にあった古民家を移築した。欄間が空洞だったため、親交のあった加藤さんに「この空間を飾る絵を、祈りの場にふさわしいテーマで描いてほしい」と依頼した。

 加藤さんは中学校から高校時代まで鎌倉市内に居住。1972年にスペインに渡り、画業を重ねてきた。主に群像画を中心に描き、現在は日本とスペインを行き来しながら、創作活動に励んでいる。

 今回の絵画の制作に費やした期間は2年ほど。加藤さんは「明るく強い色彩を取り入れ、空間との調和を考えて描いた。この千躰堂という場所でわたしの絵がどのように皆さんの目に映るのか、楽しんでいただけたら」としている。

 30日までは、欄間絵のお披露目を記念した加藤さんの作品展示も千躰堂で開かれている。午前10時から午後4時まで。
posted by ちーず。 at 15:10 | TrackBack(0) | 鎌倉市

昭和のスチル写真ずらり名作映画をPR

三浦市総合福祉センター
 三浦市南下浦町菊名の市総合福祉センターで、昭和20〜30年代に上映された映画の宣伝に使われたスチル写真を集めた展示会が開かれている。市社会福祉協議会の主催。

 同協議会の川崎喜正会長(70)の父・正治さんとその兄の武治さんが、市内で経営していた映画館で上映された洋画のスチル写真を集めた。川崎会長が保管していた写真のうち約200点を公開しており、小規模多機能型居宅介護事業「はつらつ」の利用者が展示作業を手伝った。

 会場には「ベン・ハー」「アラモ」「駅馬車」など名作映画のワンシーンや出演者の写真がずらり並び、訪れたお年寄りが懐かしそうに楽しんでいる。

 入場無料。平日の午前9時から午後5時まで。問い合わせは、同協議会電話046(888)7347。
posted by ちーず。 at 15:09 | TrackBack(0) | 三浦市

京急「1000形」が年度内で引退へ30日に引退イベント

京急ファインテック久里浜事業所
 白い帯の入った赤い車体で親しまれてきた京浜急行電鉄の通勤型車両「1000形」が年度内に引退する。1959年の登場以来、同社の主力車両として活躍してきたが老朽化が進んだため、2007年に投入された省エネ型の後続車両「新1000形」に道を譲る。

 京急から都営浅草線・京成線方面への乗り入れ車両として登場。78年までに京急では最多となる計356両が製造された。86年から段階的に廃車が進められており、現在は大師線(京急川崎―小島新田)での運行が主流となっている。

 30日には車両工場の京急ファインテック久里浜事業所(横須賀市)で引退イベントを開く。
posted by ちーず。 at 15:08 | TrackBack(0) | 横須賀市

2010年05月26日

日本画家の室井さんが個展女優や歌舞伎役者らの人物ありありと

南足柄市文化会館
 南足柄市在住の日本画家室井東志生さん(75)の個展が26日、同市関本の市文化会館で始まった。歌舞伎役者の坂東玉三郎さんや俳優の竹下景子さん、草刈民代さんらをモデルにした29点を展示している。

 室井さんは福島県出身。舞妓(まいこ)や女優など人物中心に描いている。「人物が面白い。舞妓は20歳前。まだ女になりきれていない少女との間の妖しさに魅力を感じる。坂東さんも男でありながら女を演じる。男と女の間の妖しさがある」と話す。

 友人が住んでいたこともあり、「水と空気がきれい」な南足柄に20年ほど前に越した。2004年、日展で内閣総理大臣賞を受賞した。

 文化会館での個展は2回目。「普段は住んでいるだけで地元とあまり交流がない。せっかくなので地元の人に作品をぜひ見てもらいたい」と来場を呼び掛けている。

 30日まで。入場無料。問い合わせは、市教委電話0465(73)8036。
posted by ちーず。 at 23:07 | TrackBack(0) | 南足柄市

宮大工「矢内家」の歴史や匠の技を公開絵図面や道具など展示

厚木市郷土資料館
 厚木市郷土資料館(同市寿町3丁目)で、愛川町半原の宮大工「矢内家」の歴史や匠(たくみ)の技を公開する展示会「半原宮大工・矢内匠家とあつぎ〜その技と仕事〜」が開かれている。矢内家が厚木市内で手掛けた建築物の絵図面や使っていた道具など約60点で、宮大工の歴史や技術を紹介している。6月20日まで。入場無料。

 矢内家は、江戸時代から昭和まで5代続いた宮大工で、江戸城普請にも携わり、愛川町や厚木市内をはじめ県内外で活躍、神社・仏閣などの建物を残してきた。

 展示会では、厚木市内の妙傳寺祖師堂(上依知)、船喜多神社(松枝)、清水小学校(妻田西)などの絵図面のほか、14代高光(1822〜1907)が描いた「獅子図」や大工道具、技術書などを展示している。宮大工の棟りょうは図面はもちろん、絵も描けなければならなかったという。

 これら資料の多くは、半原で工務店を経営しながら矢内家を研究している鈴木光雄さんが所蔵。展示会に関連して30日午後1時半から、同資料館で鈴木さんが「矢内の技と仕事―あつぎの建物―」と題して講演する。

 また、6月13日午後1時半から、厚木市古民家岸邸で鈴木さんを講師に墨付けや鉋(かんな)削り体験が行われる。

 問い合わせは、同資料館電話046(225)2515。
posted by ちーず。 at 23:05 | TrackBack(0) | 厚木市

ペリーの時計が再び時を刻む修理し動く状態で公開へ

横浜開港資料館
 日米和親条約を締結したペリーが、江戸末期に来航した静岡・下田の武士に贈った時計が29日から、横浜市中区の横浜開港資料館で公開される。これまでに動かない状態での展示はあったが、今回は古時計研究家によって修理され、動いている状態では初めて公開する。

 時計は1850年前後に米国で製造されたもので、ぜんまい式。高さ33・5センチ、幅24・5センチ。1時間おきに「ポーン」と時報が鳴る。

 時計は1854年に下田に来航したペリー艦隊から、下田奉行所の武士・山本謙兵衛に贈られた。現在の所蔵者である横浜市港北区在住の但馬惟義(これよし)さんの祖父・惟孝(これたか)さんが、1890年にこの武士から譲られたという。

 但馬さんの自宅に残る時計の来歴を記した記録などから、同館がペリー艦隊が日本に持ち込んだ時計と確認した。時計は昨年、古時計研究家によって修理され、再び動き始めたという。

 同館では「150年以上前の時計の音を聞きに来てほしい」と来場を呼び掛けている。

 6月6日まで。月曜休館。入館料一般200円、小中学生100円。開港記念日の2日は入館無料。問い合わせは同館電話045(201)2100。
posted by ちーず。 at 23:03 | TrackBack(0) | 横浜市

2010年05月25日

日本画教育の歴史を一堂に女子美術大学110周年記念し片岡球子らの作品紹介

女子美アートミュージアム
 創立以来、日本画教育に力を入れる女子美術大学。同大学の創立110周年を記念し、相模原キャンパス内女子美アートミュージアム(相模原市南区麻溝台)で、戦前までの教員・卒業生の日本画を集めた作品展が開かれている。

 1900年創立の同大学は、草創期には明治期の画壇で活躍した河鍋暁翠(きょうすい)や武村耕靄(こうあい)らが教員を務め、片岡球子や荘司福などの日本画家を輩出している。会場では、14人の29作品を紹介している。

 武村耕靄のユリの絵や片岡球子の60年ごろの風景画、卒業後に教員を務めた柿内青葉の女性画などが展示されている。河鍋暁翠の美人画の下絵や、楷書(かいしょ)・草書の書き方を指導した手本、柿内青葉の絵筆など、明治から大正期の日本画教育の一端がうかがえる展示もある。

 同ミュージアムの学芸員は「明治期から脈々と受け継がれる日本画教育の歴史を、一堂に楽しめる」と来場を呼び掛けている。

 6月6日まで。午前10時〜午後5時、火曜休館。一般300円。学生、未就学児、65歳以上、身体障害手帳を持つ人は無料。問い合わせは、女子美アートミュージアム電話042(778)6801。
posted by ちーず。 at 15:59 | TrackBack(0) | 相模原市

携帯電話の待ち受け画面に設定できる「お守り」配信スタート「縁結び」など3種類

極楽寺
 参道のアジサイで有名な成就院(鎌倉市極楽寺)公式のお守りとして、出版社「かまくら春秋社」(同市小町)は24日、携帯電話の待ち受け画面に設定できる「お守り待ち受け」の画像配信を始めた。3種の画像を用意。1回のダウンロードで525円かかる。

 同社が成就院の協力を得て考案した「新時代のお守り」。肌身離さず持ち歩く携帯電話に、お守りの効能を持たせようと試みた。仏像ブームもあり、若い人が寺院や仏像を携帯電話のカメラに収める様子からヒントを得たという。

 用意された画像は、成就院で御利益があるとされる「縁結び」「所願成就」「身代わり」の3種。いずれも本尊の「不動明王像」や境内のアジサイを収めた。24日の配信開始前には、原照雄名誉住職が境内で護摩法要を営んだ。

 配信はアジサイの咲く季節に合わせて、6月末まで。入手は「成就院 お守り」で検索を行うか、携帯サイト「遊スタイル」から。

 問い合わせは、同社電話0467(25)2864。
posted by ちーず。 at 15:57 | TrackBack(0) | 鎌倉市