
「旅情詩人」と呼ばれる風景版画の巨匠・川瀬巴水(はすい)による連作「元箱根見南(けんなん)山荘風景」の一部が見つかり、モデルとなった箱根町元箱根の「小田急 山のホテル」に“里帰り”した。風の吹くままさすらった巴水さながら、行方が知れなかった幻の作品。ホテルの前身・三菱財閥男爵の別邸が完成してから100年の節目でもあり、ホテルは展示を決めた。
6作の連作のうち、富士山を望むモザイクのようなツツジの庭園が描かれた「つつじ庭に遊ぶ二美人」(縦32センチ、横20センチ)など4作各1枚を、初代支配人・中川敬亮さん(97)が逗子市内の自宅に保管していた。いずれも「昭和10年夏 巴水」と記されている。
三菱4代目総帥・岩崎小彌太(こやた)男爵(1879〜1945年)が1911年の別邸完成後、制作を依頼したようだ。漢学者・諸橋轍次が別邸を「見南山荘」と名付けたのは38年。10万坪(当時)の敷地で巴水は庭園のほか、茶室や桟橋などを版木6枚に描いた。原さんは「海外から招いた客人の手土産にしたのでしょう」と推測する。
東京都中央区の渡邊木版美術画舗に残された記録によると、各作とも初摺(ず)りのみで、100〜200枚が摺られたようだ。巴水は通常、版木に30回ほど色を重ねるが、本作は小品ながら40回近い。「丁寧な仕事が表れている」と3代目店主の渡邊章一郎さん(51)。写生に奮闘する巴水を、渡邊さんの父・規(ただす)さんが撮影した3分ほどのフィルムが残されている。
4作は、ホテルの開業に尽力した中川さんへの「ご褒美」だった。ホテルが探し求めていることを知り、昨年暮れに進呈。シミやカビが目立っていたが、4カ月かけて修復された。残る2作の“消息”は途絶えたままだ。
背丈を伸ばした30種3千株のツツジはいまなお、巴水が眺めた往時の姿をとどめている。ことしも色づき始め、間もなく見ごろを迎えそう。原さんは「大切に守り育ててきた。1世紀近く前の姿と見比べてほしい」と話す。
6月ごろまで、ロビーに4枚まとめて展示されている。鑑賞は無料。問い合わせは山のホテル、電話0460(83)6321。