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2010年05月22日

幕末〜明治前期の東本願寺法主が嫁ぐ娘にあてた手紙発見横浜人形の家で公開

横浜人形の家
 幕末から明治前期に京都・東本願寺の第21代法主を務めた大谷光勝(こうしょう)(1817〜1894年)が、明治維新を主導した公家岩倉具視の子に嫁ぐ娘にあてた手紙が横浜市内で見つかった。光勝が娘に託した市松人形とともに、横浜市中区の「横浜人形の家」で22日から公開される。30日まで。

 東本願寺などによると、光勝の手紙は岩倉具視の三男具経(ともつね)に嫁いだ六女梭子(おさこ)にしたためたもの。「天朝の御恩(ごおん)の程難有(ありがたく)存し奉(たてまつ)り政令(政府が定める命令)にそむく間敷(まじき)事」など5カ条が記され、激動の時代を経験した光勝が宮中や明治政府への配慮をにじませている。

 具経と梭子の長女の孫にあたる横浜市泉区緑園の中嶋信光さん(74)がこのほど、仏壇にあった手紙を見つけた。中嶋家に伝わる由来によると、光勝から梭子には手紙とともに市松人形「御小姓(おんこしょう)人形」(高さ35センチ)が渡された。その後、長女が嫁いだ中嶋家の家宝となったという。

 中嶋さんによると、人形は江戸後期の作で、伏見宮から嫁入りした光勝の妻が持参した。太平洋戦争時の空襲では顔に傷が付いた程度で着替えの着物とともに焼失を免れた。1986年に人形の家に寄贈された。

 2006年の改装後は公開されていなかったが、今回見つかった手紙も人形の家に寄贈される運びとなったことから、手紙の写しとともに展示されることになった。中嶋さんは「手紙を通じて人形がたどった数寄な歴史を伝えたい」。学芸員の伊井さえこさん(34)は「人形を今に伝えてきた人たちの思い感じてほしい」と話している。
posted by ちーず。 at 16:02 | TrackBack(0) | 横浜市
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