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2010年05月10日

記念艦三笠の観覧者36年ぶり15万人を突破

記念艦三笠
 記念艦三笠(横須賀市稲岡町)の2009年度観覧者が36年ぶりに15万人を突破した。同艦に乗り組んでいた秋山真之が主人公のNHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」の放映に加えて多彩なPR活動が功を奏し、08年度より30%以上増えた。10年度は同艦復元50周年に向けた企画展が予定されており、さらなる上乗せを目指す。

 三笠保存会によると、09年度は有料観覧者13万9863人、中学生以下などの無料観覧者1万5947人の計15万5810人が三笠を訪れた。前年度より計3万8375人(32・7%)増え、1973年度(15万2997人)以来の15万人突破となった。

 好調だった最大の要因は、司馬遼太郎原作の歴史小説のスペシャルドラマ放映。昨年11月からの第1部放映とともに、今年5月末まで特別展「秋山真之と正岡子規」を三笠艦内で開催するなど多彩な関連イベントや集客プロモーションを展開。横須賀市や横須賀商工会議所、京急電鉄の支援を受けて観覧者の誘導に努めた。

 今年12月放映の第2部では日露開戦で三笠が登場する。来年5月の同艦復元50周年に向けた特別展も同2月から予定されており、三笠保存会の小山力事務局長は「09年度より2〜3割増の観覧者を目指したい」と話している。
posted by ちーず。 at 13:33 | TrackBack(0) | 横須賀市

水墨画「竜虎図屏風」の複製小田原城で一般公開

竜虎図屏風
 室町時代の僧で絵師・雪村周継が描いた水墨画「竜虎図屏風(びょうぶ)」の複製が、雪村ゆかりの小田原城(小田原市城内)の天守閣展示室で一般公開されている=写真。9日まで。

 原作と同じ6曲1双で、各双縦約1・6メートル、横約3・4メートル。右に竜、左に虎が向かい合って描かれている。文化財の複製プロジェクトに取り組むNPO法人・京都文化協会(京都市)とキヤノンが4月、箱根町湯本の早雲寺(千代田紹禎(じょうてい)住職)に寄贈した。

 全国を遍歴した雪村は、小田原城主・北条氏の菩提(ぼだい)寺である同寺に滞在中、北条氏や高僧の援助を受けて本作を描いたとされる。千代田さんが「いち早く地元でお披露目したい」と、小田原北條五代祭りが開催された3日から公開した。

 午前9時〜午後5時。高校生以上400円、小中学生150円。問い合わせは、同市観光課電話0465(23)1373。
posted by ちーず。 at 13:31 | TrackBack(0) | 小田原市

小田原城址公園の「御感の藤」満開に

御感の藤
 小田原城址(じょうし)公園(小田原市城内)の御茶壷(おちゃつぼ)橋近くに根を張る「御感(ぎょかん)の藤(ふじ)」が満開を迎え、薄紫色の長い花房(かぼう)を薫風が揺らしている。今週末まで楽しめそう。

 マメ科のノダフジで、東側と中央の2本が面積約540平方メートルの棚につるを伸ばす。樹齢はそれぞれ200年と150年。

 樹勢回復のための刈り込みや土壌改良といった“治療”が続けられており、3月下旬の低温の影響もあって花房の長さは例年より控えめな50〜100センチ。開花も1週間程度ずれ込んだ。

 大正天皇が皇太子のころ、満開の様子をながめて感嘆されたことから、この名がついたとされる。かながわの名木100選、市指定天然記念物の一つ。問い合わせは市観光課電話0465(23)1373。小田原駅から徒歩約15分。
posted by ちーず。 at 13:29 | TrackBack(0) | 小田原市

2010年05月07日

鎌倉武士が弓術の腕前競い合う鎌倉宮で「草鹿神事」

草鹿神事
 シカをかたどった的を矢で射る「草鹿(くさじし)神事」が5日、鎌倉市二階堂の鎌倉宮で行われた。直垂や烏帽子など、鎌倉武士の狩り装束を身にまとった射手が2組に分かれ、弓術の腕前を競い合った。

 1194年、源頼朝が富士の裾野で巻き狩りを行った際、獲物を射損じる家来があまりに多かったため、草の束をシカの形にして鍛錬させたことが草鹿神事の始まりとされる。

 鎌倉宮での神事は、小笠原流鎌倉古式弓道保存会が1981年から実施。古来の伝統武術で子どもたちの健やかな成長を願うため、5月5日のこどもの日に毎年行っている。

 神事は的奉行が進行役となってスタート。古来の礼法・作法にのっとり、約20メートル離れた的に1組4人の計8人が順番に矢を放った。的には24の印があり、矢が当たった個所を正確に告げないと命中とみなされないルールもあり、間違った答えで的奉行から命中を取り消されるシーンもあった。
posted by ちーず。 at 14:23 | TrackBack(0) | 鎌倉市

ニホンジカの群れ狩川の中州に出没

ニホンジカ
 小田原市新屋を流れる狩川の中州に5日、ニホンジカの群れが姿を現した。きょうだいとみられる。市環境保護課は、両岸の住宅地にシカが入り込まないように監視する方針。

 市職員が同日午前7時半ごろ、「狩川の山道橋上流の中州にシカ5頭がいる」と同課に連絡した。

 同課職員2人が現場で4頭を確認。雄1頭、メス3頭で、いずれも2歳前後と推定できるため、「きょうだいのようだ」と同課。1頭は逃げたらしい。

 職員が監視していたところ、4頭は同日午後2時半、約3キロ下流にある同市扇町の中州辺りで姿をくらましたという。酒匂川でひんぱんに目撃されているシカとは個体が異なるとみられることから、同課は「丹沢から新たに下りてきたのではないか」と推測する。

 中州から住宅街に入り込むと交通事故などの原因になりかねないため、同課は当面、監視を継続する方針。狩川では2008年4月にも3頭のシカが目撃されている。
posted by ちーず。 at 14:21 | TrackBack(0) | 小田原市

横浜市内の銭湯の特色や歴史を網羅したガイドブック刊行

さあ、ヨコハマ銭湯へ行こう!
 50周年を迎える横浜市浴場協同組合が、記念誌「さあ、ヨコハマ銭湯へ行こう!」(1300円)=写真=を刊行した。市内105軒の特色や歴史を網羅したガイドブックだ。近年は大型入浴施設に押され、後継者不足と相まって経営は厳しいが、風格ある建物や懐かしい脱衣かごは銭湯ならでは。瓶の牛乳もよく似合う。いま一度“わが町のお風呂屋さん”を訪ねてみては―。

 神社仏閣と見まがうような格調高い破風屋根。銭湯の典型のようだが、実はこれ、東京周辺に特有の様式だそう。この本によれば江戸時代がルーツで、関東大震災後の復興過程で本格的に広まった。昭和30年代初めに建てられ、今も堂々たる木造建築をとどめる南区の仲乃湯を訪ねた。

 「祖父が宮大工に頼んで建てたそうです」と案内してくれたのは、3代目の高野善民さん(43)。のれんをくぐると、角材を格子に組んだ見事な格(ごう)天井が目に入る。ニスが塗り重ねられた柱やはりが、あめ色に輝く。「手入れが大変」と高野さんは苦笑するが、脱衣所や浴室は清潔そのもの。毎日、念入りに掃除し、お客を迎えるという。

 市内の銭湯の数は、1976年の479軒がピークで、以降は内風呂の普及とともに減少。今や2割ほどになってしまった。「昔はお客同士がカランを取り合うほど込んでいました。燃料のまきも、同業者に先を越されまいと競争でした」と、同組合理事長の谷口昭一さん(77)は懐かしむ。

 温泉ほど大仰でなく、家庭的な気安さが銭湯の良さ。最近では番台をやめてフロント式にしたり、気泡風呂を設けたりと、リニューアルも進む。「ゆったりできますよ」という谷口さんの言葉通り、人情が湯に溶け出しているようだった。

 本書の購入は、市内の銭湯か市浴場協同組合、電話045(252)4193。
posted by ちーず。 at 14:20 | TrackBack(0) | 横浜市

2010年05月05日

源頼朝建立の廃寺「永福寺」復元へ事業本格化

永福寺
 源頼朝が建立し、幻の大寺院とも呼ばれる廃寺「永福寺(ようふくじ)」(鎌倉市二階堂)の復元事業が、本年度からいよいよ本格化する。これまで市教育委員会で発掘調査や用地買収を進めてきた。今後は4カ年計画で、三つの堂跡を示す基壇(基礎の部分)や池の整備に着手。史跡公園として2013年度内の公開を目指す。

 永福寺は、1189年に奥州藤原氏を攻め滅ぼした後、頼朝が建立を指示した。戦いで死んだ兵士らの鎮魂のためとされている。

 堂の前には広大な池が造成され、橋や中島のほか、やり水も配置された。極楽浄土を地上に現したその造りは、藤原氏の拠点・平泉(岩手県)の影響が色濃く反映され、毛越寺や中尊寺で見られる「浄土思想」が取り入れられている。

 鎌倉幕府滅亡後も室町幕府に保護されたが、1405年の火災で焼失。以後、建物を再建したとする記録は見当たらず、15世紀中ごろ以降には廃寺になったとみられる。本堂の「二階堂」は現在も地名として残されている。

 1966年には永福寺跡として約8万7500平方メートルが国指定史跡となり、用地買収がスタートした。市教委は78年、将来的な復元整備の方針を盛り込んだ保存管理計画を策定し、83年から96年まで初の大規模な発掘調査も行った。

 調査の結果、三つの堂は一直線に置かれ、それぞれが回廊で結ばれていたことが判明。回廊の両端は池に張り出す形で延び、池の大きさも明らかになった。

 市教委は復元方法を専門家や文化庁と協議する一方、用地取得や背後の山林整備を進め、本格的な復元に向け準備を整えてきた。

 計画では三つの堂の基壇のほか、池や庭園、やり水などを復元対象とし、堂そのものは再建しない。2010年度にまず二階堂の南側に位置する阿弥陀堂の基壇復元に取り組み、11年度に二階堂と北側の薬師堂の基壇を、12年度と13年度に池と庭園をそれぞれ整備する方針。

 これらの方針は6月ごろ、歴史や建築学、庭園の専門家で構成される「史跡永福寺跡整備委員会」に諮り、了承されれば正式に決定する。

 永福寺跡は、鎌倉市などが進める世界遺産登録の候補資産にもなっており、市教委文化財課は「復元されることで登録の一助になれば」としている。
posted by ちーず。 at 21:45 | TrackBack(0) | 鎌倉市

公共工事で出た不用な砂をリサイクル海岸の養浜に役立て

市立緑が浜第二小
 茅ケ崎市が、公共工事で出た不用な砂を産業廃棄物として処理せずにリサイクルし、市内の海岸の養浜に役立てる取り組みを進めている。海岸管理者の県の許可を受けた上で砂を海岸に投入。浸食が進む海岸を守るだけでなく、砂の処分費用も浮かせることができる、まさに一石二鳥の手法だ。市は「今後も海岸を守るため、機会があれば続けていきたい」と話している。

 2011年4月に、市内19番目の小学校として開校する予定の(仮称)市立緑が浜第二小。現在、同市汐見台の市有地で建設作業が進んでいる。この建設予定地の砂が今年1月、菱沼海岸などにまかれた。

 国道134号沿いの建設予定地の砂の質が海岸に適していたことから、市は設計段階から砂のリサイクルを計画。県から検査を受けて許可を得、建設機械で石などを取り除いた上でまいた。

 その量は約5千立方メートル。通常、同じ量の砂を産業廃棄物として処理すると3千万円ほどかかるという。「財政が厳しい中、学校建設など公共工事の予定はそうないが、機会があれば養浜に取り組みたい」と市教育施設課の担当者。

 砂をリサイクルする手法は、市が国道134号地下に敷設している汚水貯留管の第1工区でも行われた。

 そこで市は土砂を種分け・洗浄する施設を工事現場の近隣に建設。土砂を砂と粘土に種分けし、洗浄した上で約1万2千立方メートルの砂を中海岸にまいた。

 敷設工事は本年度から第2工区を実施しており、市下水道河川建設課の担当者は「第2工区でも同様の手法を採用したい」と話し、第1工区と同程度の量を投入したい考えだ。
posted by ちーず。 at 21:42 | TrackBack(0) | 茅ヶ崎市

「あつぎTシャツ」が商店街のフラッグに60枚がお目見え

あつぎTシャツデザインフラッグ
 厚木市の目抜き通り、厚木一番街商店街に「あつぎ」がテーマのTシャツデザインをアレンジしたフラッグ約60枚がお目見えし、買い物客らに厚木の魅力を訴え、にぎわいづくりを演出している。

 フラッグは縦110センチ、横50センチの大きさ。白地と黒地を基調にモミジやサツキ、アユの自然や名産品、大道芸のイベントなど厚木を題材にしたTシャツデザインを活用して飾られている。

 市などが募集した「あつぎTシャツコンテスト」の入賞作品2点を厚木一番街商店街振興組合(石井和夫理事長、会員53店舗)のメンバーがフラッグ用にアレンジ、街路灯に取り付けた。ことし秋ごろまで掲示される予定。

 同商店街は小田急線本厚木駅北口から北へ約360メートル続き、ことし3月には街路灯の照明を発光ダイオード(LED)ライトに更新するなどの取り組みをしている。
posted by ちーず。 at 14:07 | TrackBack(0) | 厚木市

初夏の青空に大凧飛翔16万超の見物客が歓声

相模の大凧まつり
 端午の節句を祝うため、江戸時代から続く恒例行事の「座間市大凧まつり」と「相模の大凧まつり」が4日、座間、相模原両市の相模川沿いの河川敷で行われ、2会場を合わせ約16万6千人の見物客でにぎわった。あいにく風が弱かったが、大きなシルエットが何とか空に舞うと、行楽客たちから歓声が上がった。

 座間市側では、「すがすがしい初夏の風の中、子どもたちがすくすくと育ちますように」などの意味を込めて「薫風」と書かれた大凧を揚げようと、約100人の引き手らが、懸命にチャレンジ。

 風速約4メートルと微風だったため、なかなか思い通りには揚がらなかったが、会場から「頑張れ」「揚がれ」と声援が起こる中、大きさ約100畳(13メートル四方)、重さ約1トンの巨大な凧が徐々に空に舞うと、詰めかけた見物客からは、拍手と歓声がわいた。

 相模原市の会場では、ことし4月に同市が政令指定都市に移行したことを記念して「祝政」と書いた14・5メートル四方の大凧が揚がり、集まった人たちを楽しませた。

 まつりは、5日にも行われる。
posted by ちーず。 at 14:05 | TrackBack(0) | 相模原市